みなし残業を導入するメリット・デメリットや注意点を弁護士が解説!
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令和2年、東京や埼玉の自販機ベンダーに勤める従業員が、適切に残業代が支払われていないとして、会社に対して訴訟を起こしました。原告の従業員は、月100~150時間も残業をしていたが、固定残業代制度(みなし残業制度)を理由に固定残業代の部分を超えた残業代を支払われていないと主張しました。
会社がみなし残業制度を導入するときは、どのような点に注意が必要なのでしょうか。みなし残業制度のメリット・デメリットをふまえて、ベリーベスト法律事務所 町田オフィスの弁護士が解説します。
1、みなし残業(固定残業代制度)とは?
みなし残業制度とは、一定時間残業したとみなして、基本給にあらかじめ残業代を上乗せして支給する制度です。
本来ならば、残業代はタイムカードなどの記録に基づいて所定労働時間外に働いた時間分のみが支給されるものです。
しかし、たとえば20時間分のみなし残業代が5万円の会社の場合は、残業した時間が10時間でも20時間でも一律5万円が基本給とともに支給されます。極端なことをいえば、残業時間が0時間でも5万円は必ずもらえることになります。
従来の労働時間制では、終業時間後にだらだらと残業すると、さらに残業代を稼げるのでもらえる給与が高くなります。その一方で、仕事を効率よく進めて定時で帰宅する方は残業代が発生しないので給与は相対的に低くなる現象が発生していました。みなし残業制度を導入することで、残業した方もしなかった方も同じだけ時間外手当がもらえるので、その分いくらか不平等感は解消されるでしょう。
みなし残業制度は、ほかに「固定残業代」「定額残業代」といった呼び方もありますが、すべて同じ意味です。
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(1)みなし残業代の支給方法
みなし残業代の支給方法には、基本給にあらかじめ一定の残業代を組み込んで支給する方法と、何らかの手当として支給する方法の2通りがあります。
前者は、求人票に「月給35万円(20時間分の残業代5万円を含む)」などと記します。
後者は、たとえば「営業手当」などの名目で支給するものです。この場合は就業規則の中の賃金の部分や、給与規程などでその手当がみなし残業代の性質を持つことを明記しておかなければなりません。 -
(2)みなし残業制度導入には就業規則の変更が必要
労働者に知らせないまま、みなし残業制度を新たに導入することはできません。みなし残業制度の導入には、以下の内容を定めるための就業規則の変更が必要です。
- 固定残業(みなし残業)代の金額や計算方法
- 固定残業(みなし残業)の労働時間数
- 固定残業(みなし残業)時間を超過した部分については残業代を支給すること
- 固定残業代が深夜割増残業代や休日割増残業代も含む場合の取り扱い
なお、就業規則の変更手続きの際には従業員の過半数もしくは労働組合の代表者から意見を聴いて意見書としてまとめ、就業規則変更届とともに労働基準監督署に提出します。それとあわせて、従業員に周知するのも忘れないようにしましょう。
2、会社側から見た、みなし残業代のメリット・デメリットは?
みなし残業代の導入は労使ともそれぞれメリット・デメリットがありますが、会社側の立場からみればどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。両者を比較してみましょう。
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(1)メリット① 残業代の計算の手間が省ける
あらかじめ一定時間分の残業代をほぼ無条件で支給するので、残業時間がみなし残業に含まれている時間内であれば労働時間の管理をする必要はほぼありません。個別に残業代の計算をしなくてよくなるので、そのぶん手間も省けます。従業員数が多ければ多いほど、残業代の集計作業にかかる事務処理の負担がぐっと減るでしょう。
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(2)メリット② 求人情報で給与を高く見せることができる
ハローワークや転職サイトなどに求人情報をのせるとき、残業代を含めて給与を提示すれば、高待遇のように見せることができます。そのため、求職者の目に留まる確率も高くなるでしょう。また、既存の従業員も、人によってはもらえる給与が多くなるので、モチベーションが上がるでしょう。
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(3)メリット③ 生産性が高まる可能性がある
みなし残業制度では、みなし残業代に含まれている時間分だけ働いても、まったく残業をしなくても、みなし残業代として支給される金額は一律です。そのため、だらだら残業するよりも早く仕事を終えられればその分自分の時給が高くなるので、従業員は業務効率をアップさせようとするでしょう。そうすれば、必然的に生産性が高まることが期待できます。
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(4)デメリット① 残業時間が少ない場合は人件費が割高に
みなし残業代が20時間分の場合は10時間残業しても20時間残業しても、支給される残業代は同額です。また、みなし残業制度があるからといっても、必ずしも毎日残業しなければならないという決まりはないので、従業員が定時で帰っても何ら問題はありません。
しかし、従業員が残業をしてもしなくても、みなし残業として設定した残業代は発生します。したがって、従業員の残業時間が少なければ少ないほど会社にとって人件費が割高になる点がデメリットです。 -
(5)デメリット② 残業が恒常的に発生しやすくなる
管理職の中には「一定の残業代込みで給与を支払うのであれば、できるだけ残業をしてもらうほうが会社にとって都合がいいだろう」と考える方もいるかもしれません。そのため、生産性が上がるどころか、逆に残業が恒常的に発生しやすくなることも懸念されます。
3、みなし残業導入にあたって注意すべきことは?
みなし残業を導入する際には、判例上いくつかルールがあります。このルールに則って制度を運用しなければ、裁判になったときにみなし残業と認められず未払い残業代を支払うことになる場合もあります。
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(1)基本給と残業代を明確に区別する
所定労働時間に働いた分の基本給と、みなし残業にあたる割増賃金が明確に区別されていることが必要です。たとえば、「給与30万円(残業代含む)」といった書き方では、どこまでが基本給で、どこからが残業代になるのかがわかりません。
残業をした時間分の割増賃金が正確に支払われているかどうかもあいまいになってしまうこともあり、みなし残業にあたる時間数と、残業代の金額ははっきり明記しなければならないことになっているのです。この区別が明確でない場合、みなし残業制度自体が無効となる可能性があります。 -
(2)あらかじめ労働者に周知する
みなし残業制度を導入する際は、従業員が「知らなかった」ということがないよう、あらかじめ就業規則や賃金規定を変更したうえで、従業員に周知しなければなりません。
特に就業規則は変更したあとに従業員のだれもが見られる場所に格納したり、従業員に周知をしたりしなければ違法となります。新卒や中途入社の社員には、みなし残業制度について記載された雇用契約書や労働条件通知書を交付して知らせましょう。 -
(3)残業時間には上限がある
みなし残業として設定する時間は、何時間でもよいわけではありません。労働基準法上、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて従業員を働かせる場合は、労使間で36協定という労使協定を結ばなければならないルールがあります。
労使協定で規定する残業時間には基本的には月45時間までという上限があるので、みなし残業時間もこの上限に合わせるのが一般的です。
36協定で定められた上限を超えたからといってすぐに無効になるわけではありませんが、大幅に超えると公序良俗違反のため無効とされる可能性があります。 -
(4)みなし残業時間を上回ったら別途残業代を支払う
みなし残業時間制は事業場外労働のみなし労働時間制や、裁量労働制(専門業務型裁量労働制・企画業務型裁量労働制)をとっている会社で多く採用されています。ただし、みなし残業制度は、「定額働かせ放題」な制度ではありません。
みなし残業時間の範囲内を超えて残業をした場合は、超えた時間分の残業代を別途支払う必要があります。そのため、みなし残業制度を導入している会社でも、各々の従業員の労働時間の管理は正確に行うようにしましょう。 -
(5)基本給を減額するときは最低賃金を下回らない
みなし残業制度を導入する際に、給与の支給額を増やしたくないがために、基本給とみなし残業代の合計を今までの支給額と同じにしたり、ほんの少し上回る程度にしようとしたりと考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、みなし残業代を入れた支給額が今までの給与とほぼ同額とすると、基本給を下げることになります。基本給の減額をする際は、それぞれの地域や職種で定められた最低賃金を下回っていれば最低賃金法違反となるので、下回らないようにすることが重要です。
また、基本給の減額は従業員にとって労働条件の不利益変更となるため、従業員にていねいに説明し、書面で同意してもらう手続きも必要ですので覚えておきましょう。
4、みなし残業の残業時間を大幅に下回ったら?
みなし残業として一定の残業時間を設定したものの、みなし残業制度を導入しても毎日のようにほぼ定時に帰宅する従業員も出てくるでしょう。そのように、ひと月でみなし残業の残業時間を大幅に下回った場合は、会社として何か対応しなければならないのでしょうか。
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(1)みなし残業時間を下回っても残業代を支給する
みなし残業制度は、一定時間分残業したとみなして基本給と残業代をあらかじめ支払うものです。みなし残業時間は設定してあるものの、必ずしもその時間分残業しなければならないわけではありません。ひと月のうちに何日かは定時で帰宅するなどしてみなし残業時間を大幅に下回る月も出てくるでしょう。そのようなときでも、みなし残業代として設定した金額は必ず支払わなければなりません。
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(2)時短勤務者の場合は?
育休から復帰して間もない方など時短勤務で働いている方もいらっしゃるでしょう。時短勤務者には残業が発生することは少ないと思われます。そのため、固定残業代は全額カットして、基本給の部分を所定労働時間のうち勤務時間が占める割合で按分するのがよいと考える経営者や管理職の方は多いのではないでしょうか。
しかし、育休からの復職後に安易に固定残業代をいきなり全額カットすると、その従業員とトラブルになる可能性があります。
そのようなトラブルを未然に防ぐために、あらかじめ就業規則に「短時間勤務者には固定残業制度(みなし残業制度)を適用しない」などと規定しておくことは、ひとつの方法です。もっとも、労働条件の大幅な不利益変更となるため、時短勤務になる従業員とは何らかの書面で合意するか、もしくは雇用契約書を締結しなおすことが必要です。
5、まとめ
みなし残業制度はある一定のところまでは細かい労務管理がいらなくなる便利な制度であるように見えます。しかし、みなし残業が適法とされるにはさまざまなルールがあるので、そのルールに従って運用しなければなりません。従業員とのトラブルを未然に防ぐためにも、みなし残業制度の導入にあたってはベリーベスト法律事務所 町田オフィスの弁護士にご相談ください。
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