退職後に勤めていた会社の株式を売買するとインサイダー取引になる?
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令和6年5月、東京地検特捜部がインサイダー取引をした容疑があるとして元執行役員の男を逮捕したという報道がありました。
上場会社で勤務している間に、職務上知り得た情報をもとに株式売買をして利益を得ると、当然「インサイダー取引」になります。社員に対するコンプライアンス教育のなかでは必ず登場する項目なので、インサイダー取引にならないために慎重に行動してきた方も多いでしょう。
では、当該企業を退職した後で株式などを取引した場合、罪に問われうるのでしょうか。本コラムでは、ベリーベスト法律事務所 町田オフィスの弁護士が、「退職後のインサイダー取引」を中心に、インサイダー取引が成立する要件や、退職したのち何年たてばインサイダー取引にあたらなくなるのかについて解説します。
1、退職後の株購入はインサイダー取引にあたるのか?
まずは、定年などで会社を退職した場合や、自己都合による退職、会社都合による解雇を受けた人がインサイダー規制を受けなくなるのかどうかについて解説します。
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(1)重要事実を知っていればインサイダー取引にあたる危険がある
上場会社の会社関係者は、金融商品取引法に定められているインサイダー取引の規制を受けます。
この規制は、退職や解雇、契約終了などによって会社関係者ではなくなったとしても、重要事実を職務に関して知っていた場合には、一定期間以内であれば解除されません。
ポイントとなるのは「重要事実を知っていたか?」という点です。
上場会社の役員、重要なポストに座っていた幹部、経営戦略や予算・財務管理などの業務を担当していた従業員などは、特に重要事実にあたる情報を得やすい立場であるため、退職後の株式売買でもインサイダー取引にあたる危険があります。 -
(2)必ずインサイダー取引になるわけではない
金融商品取引法では、会社関係者の雇用形態を区別していません。つまり、正規雇用の従業員はもちろん、非正規の契約社員やパート・アルバイト従業員でも、退職後にインサイダー取引の疑いをかけられてしまう危険があるということになります。
ただし、インサイダー取引になるのは、あくまでも上場会社に在籍しているうちに「重要事実を知った人」なので、株価の変動に影響を与えるような重要事実を知らなければ、退職後に株式を売買してもインサイダー取引にはなりません。
また、重要事実にあたる情報を知ったうえで退職した場合でも、重要事実が公表されれば、一般投資者と対等な立場になるためインサイダー取引には該当しません。
2、退職から何年たてばインサイダー取引にあたらなくなるのか?
重要事実を知った会社関係者は、退職して会社関係者ではなくなったとしても、一定期間に限って会社関係者と同様に扱われるため、インサイダー規制の対象です。
金融商品取引法第166条は「会社関係者でなくなった後1年以内のものについても同様とする」と明記しています。つまり、重要事実を知った会社関係者が、退職後1年以内に自社株を売買すると、インサイダー取引に該当する危険があります。
家族・親族などの名義を借りて株式を売買するなど、インサイダー取引を隠ぺいしようと画策しても、重要事実の公開前後でおこなわれた取引は日本取引所自主規制法人による売買審査の対象となるため、発覚してしまう危険は極めて高いでしょう。
3、インサイダー取引が成立する要素
インサイダー取引は、上場会社で勤務している間でも、退職後でも、金融商品取引法の定めをよく理解していないまま「うっかり」と犯してしまいやすい犯罪行為です。
厳しい刑罰や重い課徴金を回避するには、インサイダー取引が成立する要素を理解しておく必要があるでしょう。
インサイダー取引が成立する4点の要素を解説します。
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(1)会社関係者・情報受領者である
上場会社の役員や従業員は「会社関係者」にあたります。
また、次のような立場にある場合も会社関係者に含まれるので注意が必要です。- 発行済みの株式のうち3%以上を保有する株主
- 許認可の権限をもつ公務員
- 取引先・顧問弁護士・会計士・コンサルタント業者など
また、会社関係者から重要事実を得た人物は「情報受領者」になります。
退職から1年を経過していない会社関係者から情報を得た場合もインサイダー規制の対象です。 -
(2)重要事実を知っている
上場会社の株価に大きな影響を与える情報を「重要事実」といいます。
次のような情報は重要事実にあたります。- 株式の発行
- 公開買い付け(TOB)
- 合併
- 業務上の提携
- 巨額の架空売り上げ
- 巨額の協調融資
- 製品の検査数値の改ざん
- 災害に起因する損害
- 業績予想や配当予想の大幅修正
- 行政処分
なお、子会社の情報でも、グループ全体の経営に大きな影響を与える場合は重要事実に該当します。
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(3)重要事実が公表前である
重要事実は「公表」をもって一般投資者などの公衆でも知り得る情報となるため、重要事実の公表よりも前の取引はインサイダー取引にあたります。
公表の判断基準は次のとおりです。- 証券取引所の適時開示情報閲覧サービス(TDnet)に掲載される
- 2つ以上の報道機関に公表して12時間が経過している
たとえば、上場会社がホームページ上で重要事実にあたる情報を公開した、経済記者が独自の取材によって重要事実にあたる情報を得て新聞や雑誌に掲載したといったケースでは、正確な情報であっても公表として扱われません。
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(4)株式を売買する
会社関係者が公表前の重要事実に基づいて株式を売買することで、インサイダー取引が成立します。
また、会社関係者が情報受領者に利益を得させる、または損失を回避させる目的で情報伝達・取引推奨をおこない、実際に情報受領者が公表前のタイミングで株式を売買すればインサイダー取引になります。
ここで注意が必要なのが、実際の取引で利益を得たかどうかはインサイダー取引の成立に影響しないという点です。
たとえば、重要事実を知ったうえで「値上がりが必至だ」と予測していた株式を購入したところ、実際には値下がりして大きな損失が発生したとしても、インサイダー取引が成立します。
4、インサイダー取引によって問われる責任
インサイダー取引は「金融商品取引法違反」という名の犯罪にあたり、厳しい刑罰が設けられています。
さらに行政上のペナルティーも課せられるので、インサイダー取引によって利益を得ても、その利益は手元には残りません。
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(1)刑事上の責任
インサイダー取引をはたらいた会社関係者・情報受領者には、金融商品取引法第197条の2第13号の規定に従って5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、またはこれらが併科されます。また、法人の代表者や従業員が法人の業務としてインサイダー取引をはたらいた場合は、代表者や従業員だけでなく法人も処罰の対象となり、5億円以下の罰金が科せられます。
「厳しい刑罰を受けるとしても莫大(ばくだい)な利益が得られるなら仕方がない」などと考えてはいけません。なぜなら、同法第198条の2には「第197条の2第13号の犯罪行為により得た財産は没収する」と明記されているからです。
没収は、懲役や罰金などの主刑に対する付加刑であるため、懲役・罰金が科せられたうえで利益を没収されることになります。 -
(2)行政上の課徴金
インサイダー取引で懲役・罰金・没収といった刑罰を受けるのは、証券取引等監視委員会が検察官に刑事告発し、刑事裁判で有罪判決を受けた場合です。
インサイダー取引が発覚した事案のうち、刑事告発されているのは一部の極めて悪質性が高い事案に限られています。
では、刑事告発を受けなければ不利益を受けないのかといえば、そうではありません。
インサイダー取引が発覚し、証券取引等監視委員会からの勧告を受けると、最終的には金融庁から課徴金納付命令が下されます。
課徴金の計算方法は次のとおりです。・ 株式を売却した場合
(売却価格×売却数量)-(重要事実の公表後2週間の最安値×売却数量)
・ 株式を購入した場合
(重要事実の公表後2週間の最高値×購入数量)-(購入価格×購入数量)
たとえ刑事告発されなくても、インサイダー取引によって得た利益が手元に残ることはないと心得ておくべきでしょう。
5、まとめ
上場会社の株価変動に大きな影響を与える情報を知り得る会社関係者と、情報を得ることができない一般投資家との公平を図るため、金融商品取引法はインサイダー取引を厳しく禁じています。
重要事実を知った会社関係者は、退職などによって会社関係者ではなくなっても、1年が経過するまでは会社関係者と同じ扱いを受けるため、インサイダー規制の対象です。
退職前に知り得た重要事実に基づいて株式を売買すると、タイミング次第ではインサイダー取引として厳しい刑罰や課徴金を受けてしまうおそれがあります。
インサイダー取引の容疑をかけられてしまった場合は、直ちに刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所 町田オフィスにご相談ください。実際にインサイダー取引にあたるのかの判断や、証券取引等監視委員会からの勧告への対応などをアドバイスし、問題解決まで徹底的にサポートします。
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