台風や地震など災害時の出勤のルール|企業が負う安全配慮義務を解説
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東京都(伊豆諸島および小笠原諸島を除く)に被害を及ぼす地震は、主に相模湾から房総半島南東沖にかけてのプレート境界付近で発生するものと、陸域のさまざまな深さの場所で発生するものとに分かれます。
前者の代表例は1923年の関東地震(マグニチュード7.9)、後者の代表例は1855年の(安政)江戸地震(マグニチュード6.9)です。また、2011年に発生した東日本大震災(マグニチュード9.0)のような巨大地震が発生した場合には、震源が遠方であっても、東京都内で大きな被害が発生するおそれがあります。
地震はもちろん、台風や豪雨などの自然災害発生が発生したら、会社はとして従業員を守ることを最優先に考えなければなりません。むやみに出勤を命じるのではなく、状況を見ながら自宅待機させるなどして、従業員の安全確保を図りましょう。
本コラムでは、災害時に従業員を出社させること危険性や出社命令の判断基準、災害時に備えて会社が準備しておくべきことなどについて、ベリーベスト法律事務所 町田オフィスの弁護士が解説します。
1、災害時に従業員を出社させる危険性
災害が発生している状況でむやみに出社させることは従業員にとって危険です。
そして、従業員を危険にさらすことで、会社としても以下のリスクを負うことになります。
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(1)通勤中に労災が発生するおそれがある
地震・台風・豪雨などの災害が発生している場合、従業員の通勤経路は、普段よりも往来が危険な状態になっていることが想定されます。
そのため、従業員が以下のような事態に巻き込まれて、ケガをしてしまうこともあり得ます。
- 地震による建築物の崩落に巻き込まれる
- 豪雨で滑りやすくなった地面で転倒する
- 台風や豪雨でコントロールを失った車にはねられる
優秀な従業員がケガで欠勤してしまったら、会社にとっては大きな痛手となるでしょう。
また、従業員が通勤中にケガをすることは、労災が認定される対象にもなります。
この場合、従業員に対しては労災保険から給付が行われますが、給付では補?(ほてん)されなかった分の損害については、安全配慮義務違反(労働契約法第5条)などに基づく損害賠償責任を会社が負う可能性があるのです。 -
(2)帰宅困難となるおそれがある
従業員が無事に出社できたとしても、会社にいる間に災害状況が悪化して、公共交通機関がストップして帰宅困難となるおそれもあります。
従業員が帰宅困難となった場合、会社としては従業員をオフィスに宿泊させるなどの対応をとる必要があります。
十分な宿泊用設備や備品がない場合、会社に宿泊することは従業員としてもかなりの負担になるでしょう。
もしオフィスに滞在している従業員が健康を害した場合は、会社が安全配慮義務違反の責任を問われる可能性がある点にも注意してください。
2、災害時に出社を命ずるかどうかの判断基準
災害が発生した際、従業員に対して出社を命じるかどうかは、個別の状況に応じて適切に判断する必要があります。
公共交通機関の運行状況や災害による死傷者の状況などをとくに重点的に考慮しながら、従業員に無理をさせないよう慎重に判断しましょう。
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(1)公共交通機関の運行状況
災害によって公共交通機関の運行に乱れが生じている場合、従業員が安全に通勤することは難しくなります。
少々の遅延であればまだしも、運休が発生している場合には、従業員に対して出勤を命じることは控えるべきでしょう。
なお、近年では、災害発生時において、公共交通機関が翌日以降の運行状況を公開することが一般的になっています。
各公共交通機関のウェブサイトなどをこまめに確認して、従業員が安全に通勤できる状況かどうかを適時に判断しましょう。 -
(2)死傷者の状況
災害が原因で事業場が所在する地域の近郊で多数の死傷者が発生している状況では、従業員が通勤する最中に不測の事態が起こるリスクは高いといえます。
メディアの報道などを確認して、災害による死傷者が多数いるようであれば、従業員を自宅待機させたほうがよいでしょう。 -
(3)保守的に判断するのが無難
従業員の安全を確保しながら安全配慮義務違反の責任を負うリスクを回避するため、会社としてはできる限り保守的な判断を行うのが無難といえます。
仮に一部の従業員に出社を命ずるとしても、どうしてもオフィスでやらなければならない業務のある従業員に限定して、原則としてはできる限り従業員を出社させない方向で検討したほうがよいでしょう。
3、災害時に有給休暇取得を推奨する際の注意点
災害発生時に従業員を自宅待機させたい場合には、有給休暇の取得を推奨することも検討してください。
ただし、有給休暇の取得を強制することはできない点や、有給休暇を取得しない従業員の取り扱いについて注意しましょう。
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(1)有給休暇の取得は任意|強制はできない
有給休暇の取得は従業員の権利であり、実際に取得するかどうかは従業員が判断すべき事項です。
したがって、会社ができるのは有給休暇の取得を「推奨すること」にとどまり、取得を強制することはできない点に注意してください。 -
(2)有給休暇を取得しない従業員の給与の取り扱い
有給休暇の対象外である従業員や、有給休暇をすべて消化済みの従業員は、有給休暇を取得することができません。
また、自ら有給休暇を取得しないという判断をする従業員が出てくることも想定されます。
有給休暇を取得しない従業員については、給与を支払うべきかどうかが問題となります。
法律上は、災害による休業については会社側に帰責事由がないため、原則として、会社は従業員に給与を支払う義務を負いません。
休業手当(労働基準法第26条)についても、会社の帰責事由がなければ支払いは不要です。
したがって、災害による休業日に従業員が有給休暇を取得しない場合、その日は無給でよいことになります。
ただし、就業規則などによって、災害による休業日にも給与を支払う旨が定められている場合には、その定めに従う必要があります。
なお、従業員の福利厚生を確保する観点から、一律で有給の特別休暇を付与することもできます。
会社にとっては大きなコストとなりますが、従業員にとって働きやすい職場であることを目指したり福利厚生を重視したりする社風であるなら、特別休暇の付与による対応も検討すべきでしょう。
4、災害時に備えて会社が準備しておくべきこと
日本は地震・台風・豪雨などの災害が多い国であり、会社はいつ災害対応に追われることになるかわかりません。
実際に災害が発生した場合に備えて、日ごろから以下のような準備をしておくことをおすすめします。
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(1)リモートワークを導入する
従業員がリモートワークで稼働できるようにしておくと、災害が発生したときにも柔軟に対応しやすくなります。
従業員に対して出勤を命じる必要がなくなるほか、自宅に待機させたまま業務を指示できるため、業務の進行が遅れることなどを防げます。
令和2年以降、コロナ禍の影響によりリモートワークの導入は急速に普及しましたが、未導入の企業もまだまだ多数ある状況です。また、コロナ禍が収束するにつれて、リモートワークを撤回する企業も増えています。
しかし、コロナ対策のみならず災害対策の観点からも、各企業はリモートワークの導入や維持を積極的に検討すべきといえます。 -
(2)BCPや災害対応マニュアルを策定する
災害に備えた総合的な企業戦略を立案する観点からは、「BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)」を策定することが有力な対策となります。
BCPとは、災害などの不測の事態が発生した際に、重要な事業を継続させる、または中断後短期間で復旧させるための方針や手順などをまとめた計画です。
会社の事業に優先順位を付けて、出勤できる限られた人員を注ぎ込むべき領域を明確化することができれば、会社に生じる被害を最小限に抑えられるでしょう。
BCPの策定に関しては、内閣府防災担当が「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-(令和3年4月)」 を公表しているので、あわせてご参照ください。
また、経営レベルの計画であるBCPとあわせて、個々の部署単位で参照すべき災害対応マニュアルを整備することも検討してください。
災害対応マニュアルに記載すべき事項としては、以下のようなものが挙げられます。- オフィスにいる従業員の安全を確保する方法
- 部署のメンバー間で情報伝達を行う方法
- 非常事態が発生した際の連絡先、連絡網
さらに、BCPや災害対応マニュアルを策定したら、実際に災害が発生した際にもそれらに従って冷静に対応できるようにするために、定期的に防災訓練を実施しましょう。
5、まとめ
災害発生時には、会社は従業員に対してむやみに出勤を命じるのではなく、従業員の安全を最優先に考えた対応をとることが大切です。
実際に災害が発生した際、戸惑わず冷静に対応するために、BCP(事業継続計画)や災害対応マニュアルを事前に整備したうえで、定期的に防災訓練を実施するなどの対策を行っていきましょう。
また、災害時の危機管理対応については、弁護士のアドバイスが役立つケースも多いといえます。
法律の専門家である弁護士は、労務管理・契約・レピュテーションなど、会社が抱えるさまざまなリスクを総合的に考慮したうえで、適切な災害対応を行うことができるようにサポートすることができるためです。
将来に発生するかもしれない災害に備えて十分な事前対策を行っておきたい企業経営者や担当者の方は、ぜひ、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています