親族から相続放棄を強要されたら? 取り消すことは可能?
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相続放棄は年々増加し、司法統計によれば令和2年の相続放棄の新受件数は23万4732件となりました。平成27年の18万9296件から、毎年約1万件のペースで増えています。
この背景には、実家の土地建物などの収益性が低く売却もできないことが予想されるため手放すケースや、遠い親戚が相続することになって放棄するケースがあるといいます。
相続放棄は相続人が自分で選択して決めることですが、地域によっては、被相続人の長男がほかのきょうだいに相続放棄するように迫ることもまだあります。相続放棄を強要することは何らかの罪にならないのでしょうか。
1、無理やり相続放棄させたり相続権を奪うことはできない
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(1)法定相続人は原則として相続権を持つ
法定相続人となれば、原則として相続権が与えられます。法定相続人となりうるのは、被相続人から見て配偶者・子(またはその代襲相続人である孫)・父母(または祖父母)・兄弟姉妹(またはその代襲相続人である甥姪)です。
ただし、必ずしも実際に相続ができるとは限りません。たとえば配偶者と子どもがいた場合、配偶者は常に相続人であり、子どもは第1順位の相続人となるので、後順位である父母や兄弟姉妹がいたとしても相続人にはなれない、ということになります。 -
(2)相続権をはく奪できるのは例外的な措置
法定相続人は相続権を持ちますが、相続権をはく奪されることがあります。たとえば以下のような場合です。
● 相続廃除された場合
相続廃除とは、被相続人を虐待していたなど著しい非行があった場合に、被相続人が家庭裁判所に申し立てることで相続人から相続資格を奪うことをいいます。たとえば、被相続人の財産を使い込んだ、日常的に暴力をふるったり暴言を吐いたりしていた、重大な罪を犯して被相続人に多大な迷惑をかけた、などがこれにあたります。
● 相続欠格となった場合
相続欠格とは、違法行為などをしたために相続資格を失うことをいいます。たとえば、被相続人を脅迫して遺言書を無理やり作らせる、撤回させる、被相続人の生命を奪う、被相続人が殺害されたと知りながら告訴しないなどがこれに該当します。
● 遺言書に「他の相続人に遺産をすべて相続させる」と書いてあった場合
相続資格はあるものの、遺言書に「自分以外の相続人に遺産をすべて相続させる」とあった場合も相続することはできません。ただし、遺言書で遺産相続が認められなかった相続人は遺留分権利者ではあるので、遺留分が侵害されたとして遺留分侵害額請求はすることができます。
ただし、これらはあくまでも法律にのっとった例外的な措置であり、「法定相続人の中に気にいらない人物がいるから」といって、恣意的に相続権を奪うことはできません。
2、相続放棄の強要は罪に問える?
気に食わない相続人に相続させたくない、長男である自分がすべての遺産を相続するのでほかの兄弟には相続させない、として相続放棄手続をほかの相続人に強要するケースがあります。「せめて遺留分だけは」を主張しても、遺留分侵害額請求も放棄するよう強要されることもあるかもしれません。ものごとを強要すると強要罪などの犯罪が成立することはありますが、相続放棄や遺留分放棄の強要はどのように考えるべきなのでしょうか。
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(1)強要罪とは
強要罪とは、生命や身体、自由、名誉、財産に対し害を加えると知らせて脅迫したり、暴行をして人に義務のないことをさせたり、権利の行使を妨害したりすることによって成立する犯罪です。また、親族に対しても危害を加えると告知して脅迫したり、義務のないことをさせたり、権利の行使を妨害することで強要罪が成立します。強要罪の法定刑は3年以下の懲役刑であり、罰金刑はありません。
したがって、ほかの相続人が「相続放棄しなければひどい目にあわせる」などと脅迫して相続放棄をするよう迫った場合は、強要罪が成立する可能性があります。 -
(2)強要罪の成立要件
強要罪の成立要件は、次の3つです。
① 生命・身体・名誉・財産に害を与える告知
他人の生命や身体・名誉・財産に害を与えることを知らせることが成立要件のひとつです。告知の手段は問いません。口頭や文書での告知はもちろん、インターネット掲示板やSNSを使ったものも該当するとされています。
② 脅迫または暴行を用いる
脅迫とは、「〇〇しないと殺すぞ」「○○しないと家に火をつけるぞ」などと告げて他人を畏怖させることです。また、暴行とは殴る蹴るなどの直接的な暴力行為のほか、水をかける、胸倉をつかむ、刃物を振り回すなどの行為がこれにあたり得ます。
③ 義務のない行為の強制・権利行使の妨害
相続放棄をするという義務のないことを強制したり、遺留分侵害額請求権の権利の行使を妨害したりすると強要にあたり得ます。 -
(3)脅迫罪との違いとは
強要罪も脅迫を用いて行うものという性質があるため、強要罪と脅迫罪はよく似た犯罪のように見えます。どちらも相手方の生命や身体、財産、名誉などに害を与えることを告知する点では同じです。一方、脅迫罪の成立要件には義務のない行為を強制させたり権利行使を妨害したりする行為は含まれていない点に両者の違いがあります。
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(4)恐喝罪との違いとは
恐喝罪とは、相手の生命や身体、財産、名誉などに害を加えることを告知して財物を交付させることによって成立する犯罪のことです。強要罪と恐喝罪はどちらも相手に害を加えることで成立する点では共通していますが、恐喝罪は相手にお金などの財物を交付させる点で違いがあります。
3、もし相続放棄してしまった場合は?
共同相続人に何度も相続放棄するよう迫られると、根負けしてやむなく相続放棄してしまう、といったケースもあるかもしれません。しかし、一度相続を放棄すると、原則として相続放棄を取り消すことはできません。そのため、相続放棄には「熟慮期間」として相続開始から3か月間、相続するかどうかを考えるための期間が設けられているのです。しかし、例外的に相続放棄を取り消しできるケースもあります。
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(1)相続放棄の取り消しが認められるケースがある
相続放棄の取り消しが認められるのは、以下のようなケースです。
① 第三者にだまされた場合
まず、第三者にだまされて相続放棄をしてしまった場合です。たとえば、ほかの相続人に「被相続人は実は多額の借金を抱えていて、負債のほうが多くなるから相続放棄したほうがいい」などとそそのかされたケースがこれにあたります。この場合は、詐欺行為により相続放棄をしてしまったと考えられ、取り消しが認められる可能性があります。
② 相続放棄を強要されていた場合
次に、「相続放棄しないと家に火をつけるぞ」「相続放棄の同意書にサインするまで帰さないからな」と脅迫されてやむなく相続放棄をしてしまったようなケースです。これで相続放棄を認めてしまうと、本人にとって非常に不利益な結果となってしまうため、取り消しができる可能性があります。
③ 未成年者や成年被後見人が勝手に手続きを行った場合
未成年者が保護者などの法定代理人の許可なく相続放棄の手続きを行ったケースでも、相続放棄の取り消しが認められる可能性があります。また、認知症などで判断能力の低下した成年被後見人が後見人の同意なく勝手に手続きを行った場合も、同様に認められる可能性があります。 -
(2)相続放棄を取り消す手続きの流れ
相続放棄を取り消したいときは、相続放棄取消申述書に必要書類を添えて、相続放棄を行った相続人本人が被相続人の最後の居住地を管轄する家庭裁判所に提出します。相続放棄取り消しの手続きができるのは、追認をすることができる時から6か月ないし相続放棄の時から10年以内と決まっているので、間に合うように手続きを行いましょう。
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(3)ただし相続放棄を取り消すのは非常に困難
詐欺や脅迫または強要、重大な錯誤による相続放棄の取り消しは、法律上、認められてはいるものの、家庭裁判所に取り消しが認められるのは非常にまれなケースであるとされています。
相続放棄の取り消しには、相続放棄を取り消すべき要因があったことの証拠が必要ですが、そのような証拠は残っていないことが多いのが実情です。また、相続開始から相続放棄をするまでの意思決定までの間に取り消しが認められうるほどの重大なできごとがあったことを立証するのも非常に困難です。したがって、相続放棄の取り消しが認められるのは非常にレアなケースであると言えるでしょう。
4、遺産を相続したい場合の対処方法は?
ほかの相続人から「相続放棄しろ」と言われても、譲れないこともあるでしょう。どうしても遺産を相続したい場合、どうすればよいのでしょうか。
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(1)相続人調査をする
「あなたは相続人ではない」などと言われている場合は、自分が相続人であることを立証するため、相続人調査を行います。相続人の人数によって自分が受け取れる遺産の取り分の割合も変わってくるため、相続人がどこのだれで、何人いるのかを確認しましょう。
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(2)相続財産調査をする
「相続するような財産はない」「資産より負債のほうが多い」と言われた場合は、相続財産調査をしましょう。当事者同士で「被相続人の相続財産を見せてほしい」と言っても、無視されたり隠されたりして財産のありかがわからなくなることがあるので、弁護士に相談するようにしましょう。
弁護士に相談すれば、弁護士会を通じて銀行や証券会社、法務局などに照会をして財産のありかや、どこにどれくらいの財産があるかを突き止められる可能性があります。 -
(3)自分の相続分を計算する
次に、相続人の人数と財産調査の結果から、自分の相続分がいくらになるのかを計算します。預貯金であればそのまま計算できますが、不動産の場合は不動産鑑定士や土地家屋調査士に評価額がいくらになるのかを調べてもらいましょう。それを踏まえて、自分の相続分の金額や希望条件などをまとめます。
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(4)共同相続人と遺産分割協議を行う
ほかの共同相続人とともに遺産分割協議を行い、そこで「自分の相続分がこれだけある」という意思表示をしましょう。相続放棄するように言ってくる親族とは議論がなかなか進展しないことが予想されるので、協議をする期間をきめて、期限までに協議がまとまらなければ家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる、訴訟にするなども視野にいれるようにします。
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(5)協議の前には弁護士に相談を
上記の遺産分割協議をひらく際は、遺産相続の経験豊富な弁護士に相談しましょう。事前に相談し、依頼をしておけば、弁護士が代理人として協議をすることもできます。弁護士という第三者から話をすれば冷静に話し合いができ、スムーズに話が進むことも期待できます。残念ながら協議がととのわず、裁判所に遺産分割調停を申し立てることになっても、裁判所での手続きをすべて弁護士におまかせすることが可能です。
5、まとめ
親族に強要されたからといって安易に相続放棄に応じてしまうと、相続放棄を取り消すことは非常に困難です。相続放棄するように言われたら、一度弁護士に相談されることをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、相続放棄をはじめとした様々な遺産相続トラブルのご相談を承っております。弁護士がお客様の状況を伺い、本当に相続放棄に応じたほうがよいのかどうかを判断してアドバイスします。ご依頼いただきましたら、その後の手続きも弁護士が代理人として対応いたしますので、お早めにご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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